大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)92号 判決

控訴人

大島道夫こと趙吉来

被控訴人(原告)

山口静夫

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し金四六三万六、〇九二円及びこれに対する昭和四五年九月一五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

この判決は、被控訴人において五〇万円の担保を供するときは、金員の支払いを命じた部分に限り仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

被控訴代理人は、次のとおり述べた。

一  被控訴人請求の治療費の算出にあたつては、生活費は一切含まれておらず、純然たる治療費にとゞまるものである。

二  およそ自転車を追い抜こうとする自動車の運転者は、警笛を鳴らして自転車を道路側端に避譲させ、かつ、減速のうえ自転車との間隔を十分に保つて通過すべき義務があるに拘らず、訴外李晃は、衝突地点前方八〇メートルの地点で被控訴人の自転車(以下被控訴人車という。)の進行を認めながら、前記注意義務を怠り、よつて本件事故を惹起したものであつて、本件事故発生の根本原因はあげて右訴外人の右過失にある。

控訴代理人は、次のとおり述べた。

一  本件事故は、訴外李晃の運転する大型貨物自動車(以下控訴人車という。)が被控訴人車を追抜きしうる状態で走行中、被控訴人が控訴人車の制動距離内において突然右にハンドルを切り控訴人車の進路に入つて来たため訴外李晃は、ハンドルを右に切り、急ブレーキをかけたが間に合わず衝突したものであり、右訴外人は、運転手としての注意義務はすべてつくしており、何らの過失もない。

二  被控訴人は、現在症状が固定し不治ということであるから、今後は治療費が必要であるとは思われない。仮りに必要であるとしても、それは治療費というよりも入院費であつて、生活費の一部とみるべきものである。

〔証拠関係略〕

理由

一  被控訴人が昭和四二年二月二二日午後六時一五分頃、自転車に乗つて国道一号線を西進し、沼津市一本松六八五番地付近にさしかゝつた際、後方から 進行して来た控訴人車に追突されて傷害を受けたこと、右自動車が控訴人の保有にかゝるものであることは、当事者間に争いがない。

二  控訴人の無過失の抗弁について判断する。〔証拠略〕によれば、本件事故発生現場付近は、幅員約一〇・四五メートルのコンクリート舗装道路で、控訴人車は、道路左端から約四、九二五メートル中央寄り(センターラインより約〇・三メートル左寄り)を時速約五〇キロメートルで進行し、控訴人車の運転手訴外李晃は、前方約八〇メートルないし一〇〇メートルに被控訴人車が道路左端より約一・九五メートル中央寄り(センターラインより約三・二七五メートル左寄り)を少しふらつきながら進行しているのを認め、馬鹿に右側に走つていると考えたが、警笛を吹鳴することなく、たゞヘツドライトを上目、下目と点滅して被控訴人に後方より控訴人車が接近していることを知らせ、そのまゝ進行したところ(控訴人車の幅員は二・四八メートルであるから、両車がそのまゝ進行すれば控訴人車は被控訴人車の右側を約〇・四九五メートルー自転車のハンドルを考慮に入れれば、右間隔は、さらに狭くなる、―の間隔をおいて通過することになる。)、両者の車間距離が一〇・二メートルになつたとき、被控訴人車が突如右にハンドルを切り、ふらふらと控訴人車の進路前方に出てきたので、訴外李晃は、ハンドルを右に切りながらブレーキをかけたが、及ばず、控訴人車の左前部を被控訴人車に衝突させたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する〔証拠略〕は前掲各証拠と対比して措信し難く、又〔証拠略〕によれば、被控訴人は、付近の病院で治療を受け、勤務している工場の寮への帰途本件事故にあつたのであるが、右工場は、本件事故発生地点の前方約二〇〇メートル、道路右側にあり、これまで被控訴人が右道路を横断して工場に入るには、工場に寝泊まりしている従業員を呼んで道路の上下線の交通を確認してはじめて横断する等、慎重な行動をとつていたことが認められるけれども、右事実をもつてしても前記認定を覆えすに足らず、他に前記認定を左右しうるに足る証拠はない。

してみれば、控訴人車の運転車訴外李晃は、前車を追い越そうとする場合には、反対方向からの交通及び前車の進行に十分注意し、かつ、前車の速度及び進路並びに当該道路に応じてできる限り安全な速度と方向で進行しなければならず、追い抜く場合にも右に準ずる注意義務があり、従つて本件においては、右訴外人は、警笛を吹鳴して被控訴人に自車の接近を知らせるとともに、道路側端に避譲させ、かつ減速のうえ、被控訴人車との間隔を十分に保つて通過すべき義務があるに拘らず、これを怠たり前方約八〇メートルないし一〇〇メートルに被控訴人車がふらつきながら進行するのを認めながら、警笛を吹鳴してこれを避譲させることもなく、又ヘツドライトを点滅させたが被控訴人において後方から控訴人車が接近することを知りえたか否かを確認することもなく、漫然そのまゝの速度で進行したため、両車の車間距離一〇・二メートルの時点において突如ハンドルを右に切り控訴人車の進路前方に入つてきた被控訴人車を避けることができず、本件事故を発生させたのであるから、本件事故は、控訴人車の運転者訴外李晃の過失に基づくものというべきである。従つて、控訴人は、控訴人車の保有者として、自動車損害賠償保障法第三条但書のその余の要件について判断するまでもなく、本件事故により被控訴人の蒙つた損害を賠償する責任があるものといわねばならない。

三  よつてすゝんで損害賠償額について判断する。

1  〔証拠略〕によれば、被控訴人は、本件事故により全治不能の頭部外傷後遺症痴呆の傷害を受け、事故以来入院を続けていること、被控訴人は、昭和三九年一一月から訴外東海コンクリート工業株式会社に日給制で勤務し、事故前三ケ月間の稼働日数が六八・二日(月平均二二日、小数点以下切捨て)であり、その間の本給と付加給の合計から所得税額を控除した金額が七万六、二一二円(平均日給一、一一七円)であることが認められる。被控訴人は、本件事故発生以来入院をしているのであるから、事故発生の日の翌日昭和四二年二月二三日から本件訴え提起当時の昭和四四年四月七日までの間の収入を失つたことになるが、その間の稼働日数は一月二二日とすれば、六〇七日となり、失つた収入は六七万八、〇一九円(一、一一七円×六〇七)となる。

次に〔証拠略〕によると、被控訴人は、本件事故による傷害の治癒が期待できず、痴呆高度、歩行障害、手指の運動拙劣、構音障害のため意思の疎通不充分等の後遺症があり、ために労働能力喪失率は一〇〇%であると認められるところ、政府管掌自動車損害賠償保障事業損害査定基準によると、昭和四年三月三〇日生まれの被控訴人は(〔証拠略〕による。)、三〇、八四年の平均余命を有し(第一二回生命表)、今後二二年間就労可能と認められる。被控訴人の年収は、二九万四、八八八円(一、一一七円×二二×一二)であるから、被控訴人は、その二二年分の収入を失つたことになり、ホフマン式により年五分の中間利息を控除して計算すると、その現在額は、四〇九万七、四八五円となる。

従つて右金員とさきの六七万八、〇一九円の合計四七七万五、五〇四円が被控訴人の失つた得べかりし利益の総額となる。

2  被控訴人は、本件事故により受傷後殆んど入院を続け、その傷害は治癒が期待できないことは、前認定のとおりであるが本件にあらわれた全証拠をもつてするも、被控訴人の主張する如く、その余命三二年の間入院治療を要するものとは認め難く、又被控訴人の傷害の治療に必要な期間を認めるに足る証拠はない。しこうして被控訴人が昭和四七年八月三一日まで満五年間は健康保険による治療を受けうることは、その自陳するところであるから、結局被控訴人の入院治療費に関する損害賠償の請求は、これを認めることはできない。

3  〔証拠略〕によると、被控訴人は、本件訴訟を弁護士藤井宏に委任し、着手金として一五万円を支払い、成功報酬として一五万円の支払いを約したことが認められ、右金額は本件訴訟の内容からみて相当と認められる。

4  前認定したところによれば、被控訴人は、片側五・二二五メートルの道路を左側端から中央へ約一・九五メートル寄つて通行しており、これは、〔証拠略〕からも認められるように、交通頻繁な国道一号線を自転車で通行する者として些か危険な通行の仕方であり、しかも控訴人車の運転者訴外李晃がヘツドライトを点滅させて後方から控訴人車が接近していることを知らせているにも拘らず、後方の安全を確認することもなく、突如ハンドルを右に切り控訴人車の直前においてその進路前方に出たことは、本件事故発生につき、被控訴人にも過失があるというべきであり、その過失の割合は、約四割と認むべきである。

よつて被控訴人の財産上の損害額は、前記逸失利益四七七万五、五〇四円から四割を減じた二八六万五、三〇二円(円以下切捨て)及び弁護士費用三〇万円計三一六万五、三〇二円となる。

5  慰藉料について判断するに、本件事故の態様、被控訴人が頭部外傷により痴呆状態に陥り、その治癒は生涯期待できず、その精神的苦痛が甚大なものであることは推察するに難くない。そこで本件記録にあらわれた諸般の事情を総合して勘案すると、被控訴人の精神的苦痛は、金三〇〇万円をもつて慰藉さるべきものと認められるところ、被控訴人は、すでに控訴人から一五二万九、二一〇円の支払いを受けていることは、自認するところであるから、本件において認めうるところは、残額一四七万〇、七九〇円となる。

四  控訴人は、被控訴人の現在の症状は、以前被控訴人が自ら起した交通事故に起因し、本件事故による傷害と因果関係はないと主張する。被控訴人が交通事故により控訴人主張のような傷害を受けたことは、当事者間に争いがないが、これと現在の症状との間に因果関係があると認めうる証拠はないから、右抗弁は採用し難い。

五  本訴請求は、控訴人に対し合計四六三万六、〇九二円及びこれに対する請求の趣旨並びに原因訂正申立書提出の翌日である昭和四五年九月一五日以降完済まで年五分の割合による損害金の支払いを求める限度においてこれを相当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。

よつて右と判断を異にする原判決は、その限度においてこれを変更することとして、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九二条、第八九条、仮執行の宣言につき第一九八条、第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 小林定人 関口文吉)

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